イケアと創業者の危機の乗り越え方
イケアを創立したのは、スウェーデンのイングヴァル・カンプラード氏です。
現在、御年が85歳になりますが、世界40の国と地域に300以上の店を出店している企業の総帥です。
大変面白く興味深い人物で、現在は順風満帆ですが、実は彼にもイケアにもピンチがあったのです。
わずか17歳の時に、スェーデンで日用品の通信販売を行うイケアを起業しました。
第二次世界大戦が終わると、本格的に家具の取り扱いを始め、展示場で実物を見てもらい、注文を受けて通信販売で品物を届けると言うスタイルを確立しました。
当時は、通販の返品システムが無い時代で、購入者がカタログの写真と届けられた実物を見比べてガッカリすると言うことがよくあったことから、イケアのスタイルはおおいに支持されました。
ところが、ビジネスも順調に展開していた30代に危機が訪れました。
30代ですから、羽目をはずして遊ぶことが多かったのですが、結婚生活も破たんしていたこともあり、友人と朝からウィスキーを飲むこともたびたびでした。
そのうえ、家具販売で成功を収めていたイケアに対して、国内の既存の販売業者の攻撃がすさまじかったのです。
地元の家具販売業者の組合は、家具メーカーに対して圧力をかけて、イケアとの取引をしないようにさせました。
その重圧に耐えかねて、カンプラード氏は、アルコール依存症に陥ってしまいました。
飲まなければ両手が震えるほどで、日常生活にも支障をきたしていました。
そこで、かかりつけの医者に相談したところ、2~3週間の禁酒を年に3回は行うようにアドバイスされたそうです。
こんなことくらいでアルコール依存症から抜け出せるのか私も疑問に思うくらいのことです。
しかし、カンプラード氏は、アルコール依存症から脱却できなければ、経営者としての未来はないと考えました。
そこで、医者の勧めよりもさらに厳しい5週間の禁酒を年に3回行う決意をし、実行しました。
治療を続けながら、国内同業者の攻撃に対しては、嫌がらせによってイケアに直接納入できないメーカーには、イケアの名前が出ない全く別の子会社を経由して納入させました。
しかし、それについても同業者の圧力が高まり、国内での調達が困難になると、東西冷戦期であるにもかかわらず社会主義国のポーランドで家具生産をはじめ、安く仕入れて売り上げを伸ばしていきました。
現在、破竹の勢いのイケアとカンプラード氏ですが、これまでにこんな危機を乗り越えてきたのです。
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